2010年9月25日土曜日

五箇山・こきりこ祭り(25日)

【こきりこ節】


【麦屋節】

【満月が出てきた。寒気が厳しい】


【五箇山上梨白山宮の奉納こきりこ踊り特別披露】


【先週城端で買った鯖のナレズシ肴に五箇山の地酒で一杯】

 先週に続き、今週も富山伝統芸能めぐり。この時期のこの地方の祭りとしては、城端麦屋祭り、五箇山麦屋祭り、五箇山こきりこ祭りが「麦屋祭り三兄弟」と言ったところだろうか・・・・。その最後が五箇山こきりこ祭り。
 
 朝11時チョイ前、春日井発。東海北陸道経由で3時間弱。1時半ごろ五箇山上梨白山宮着。秋晴れの土曜日、気分の良いドライブだ。どこまで行っても1000円高速にさらに気分を良くし、五箇山インターを下りる。世界遺産に指定され、最近人が多いと敬遠気味の白川五箇山方面だけど、やっぱり山深い気配が漂っている。ススキに秋を感じつつ、五箇山方面に進むと、急に車が増えてきた。
 
 白山宮前はボツボツの人出。交通整理のオッチャンに駐車場を聞けば、1.5キロ手前の駐車場とシャトルバスの運行だとか。その指示に従いUターンすると500mほど戻った路肩に駐車スペース発見。車を置いて歩くことにする。
 この混雑は2時から始まる「奉納こきりこ踊り特別披露」目当ての観光客らしい。観光バスのツアーも出ているとか。その奉納こきり踊りは白山宮の拝殿(と呼べばいいのかなあ?)で行われる。その拝殿を見物人が取り囲む。都会暮らしの私が言うのもなんだけどイメージどおりの秋祭りの風情。これぞ日本の文化だ、伝統だ、と、力むこともないけど・・・。
 
 その「奉納こきりこ踊り特別披露」が終わると混雑がやわらいできた。白山宮前の駐車場(無料)も空きが出てきた。車を取りに帰り、白山宮の前の駐車場に移す。さらに夜の「舞台競演会」の座席(1人1000円)も確保。夜の舞台競演会が今回の一番の目的なので後はのんびり時間をつぶすだけ。近くには五箇山荘という温泉も有るので一風呂浴びることも考えたけど、一杯飲んで昼寝をすることにした。帰還する時間は夜9時ごろだから、最近厳しい飲酒運転問題はクリアすると思い、地酒「三笑楽」四合瓶(一番安い990円)購入。駐車場の片隅で車の後部ハッチを空け、持参のツマミ広げ宴会開始。
 
 山の端に落ちる夕日を眺めつつ一杯飲んでいるうちに、眠気が襲ってくる。後部シートを倒したフルフラットスペースに毛布を被って横たわる。瞬間的に熟睡。気分の良い昼寝だった。相棒に起こされたのは夕方6時過ぎ。ボツボツ暗くなってきた。
 
 車から這い出し、白山宮特設舞台へ向かう。日が落ち始め急激に気温が下がる。その時気がついた、「着る物がない」。薄い長袖シャツと予備のズボンがあるだけ。ズボンをはおり、その上にシャツを着込み防寒対策とする。でも、寒い。仕方がないので毛布を持ち込むことにする。その毛布が大活躍するとは想定外だったが・・・。
 
 特設舞台は満員の盛況。事前のネット情報よると麦屋節、こきりこ節に加え、風の盆の越中おわら節も出るらしい。「あんなに混み合う八尾の風の盆には近づかないぞ」との固い決意の私にとって、「おわら」には重大な関心を持っていた。でも突然の不出演。その代わり郡上踊りが出るらしい。残念だけど郡上踊りで我慢することにする。
 
 今を去ること10年以上前、郡上踊りにはまった私だが、自分の年とともに興味対象が北上してきたみたい。郡上踊りもいいけど、五箇山近辺の踊り手は圧倒的に若いのが良い。若者と伝統芸能の取り合わせが特に良いのかもしれない。舞台が佳境に入ったころ、山の上に満月。それに従い、寒気が厳しくなる。持参の毛布を広げる。毛布のサイズが十分だったので、隣のオッチャンにも入れさせてあげる。日本伝統文化に触れなぜかやさしくなった私です。
 
 寒さはさらに厳しくなり、多くの観客が震えながら見ている。ハッキリ言って真冬のラグビー観戦より辛いかも知れない。終わったとき隣のオッチャンから感謝の言葉を頂いた。(2010.9.25)

2010年9月19日日曜日

城端・麦屋祭り(19日)

【善徳寺特設舞台で演じられる麦屋節】


【善徳寺特設舞台で演じられるこきりこ節】

【城端、善徳寺山門、その参道に屋台多数】

【街流し、オニイチャン】

【街流し、オネエチャン】

 今年の夏は猛暑。まだまだ暑い日が続くが、富山は祭りの季節を迎えた。各地の祭りにはあまり興味がない私だが、この富山近辺の秋祭りはなぜか心惹かれる。理由はわからないけど、富山が好きだということかもしれない。と、言うわけで、今年も城端の麦屋祭りに行ってきた。

 城端はかって善徳寺の寺内町。昔、城端の林道温泉を訪れたとき、たまたま麦屋祭りに遭遇。善徳寺境内に作られた舞台で演じられる麦屋節、こきりこ節、その他、この地方の民謡を初めて見た。それ以来、麦屋祭りにはまっている。
 
 城端近くの八尾では「風の盆」と呼ばれる超メジャーな祭りがある。昨今の異常な混雑の情報を聞くにつけ、八尾には近づけない。それに比べ麦屋祭りの方が適当な混雑感で、昔ながらの秋祭りの風情。そんな雰囲気が好きなのだ。
 
 また、麦屋祭りの踊り手はみんな若く、ライトに浮かび上がる茶髪のオニイチャンもキリットした感じでなかなか良い。特に揃いの浴衣姿のオネエチャンの暗い夜空に浮かび上がる白い指先が艶かしい。伝統芸能の楽しさを感じ始めたのも、この麦屋祭りからだったかもしれない。昔、テレビもラジオも無かった時代の民謡、踊りは大きな娯楽であったろう。
 
 麦屋祭りはこの城端の後、9月23日、24日の五箇山(下梨)の麦屋祭り、25日、26日の五箇山(上梨)のこきりこ祭りと続く。天気が良ければ25日に五箇山(上梨)のこきりこ祭りに出かけようと思っている。五箇山の祭りのほうがさらに「ひなびた感」が強く、私は好きだ。(2010.9.19)

2010年9月3日金曜日

尾道(3日)

【尾道の坂を振り返れば小さな海】


 昨夜、本当は尾道に泊まりたかったけど、なぜか三原の方が大きな町との先入観で三原に泊まってしまった。でも朝、尾道に来て見れば、尾道のほうがにぎやかな町だった。まあ、観光的にも尾道の方がメジャーかもしれないけどね。
 
 朝7時前に尾道着。荷物をコインロッカーに入れ、町を歩いてみることにした。初めて来た尾道はインパクトの大きな町だった。駅でゲットしたガイドマップ片手に「古寺めぐりコース」を歩き出す。その路地の狭さにまず驚いた。その狭い路地がどこまでも続く。時々開けた大きな家がお寺、振り返れば小さな海。急な坂と込み入った町並み。今まで大火に見舞われたことはなかったのだろうか?こんな町で火が出れば間違いなく大災害だ。そんな災害が起きないことを祈るばかり。
 
 どこまでも歩いていたかったけど、太陽が昇ってきた。まともに日が照りつける。せめて千光寺のロープウエイに乗ってみたかったけど、ロープウエイはまだ運転前。あまりの暑さに、撤退を決意。次回、再度、訪れたい。(2010.9.3)

2010年9月2日木曜日

三原(2日)

【駅と融合・同化・一体化している三原城址】


【今日の昼食、鱧竹輪つまみに地酒チビチビ】
毎日毎日、こんなことでいいのだろうか?良いんです!


 やっと後半戦。朝10時ごろ博多を出発。とりあえず門司港行きの列車に乗り込む。門司で下関行きに乗り換え、下関で再度乗換え。しかし、この山陽本線の乗り継ぎには苦労した。なんせ各列車の行き先が知らない駅ばかり。下関で「安浦」行きとの表示。「安浦」とはどこにあるのか?山陽本線なのか?広島より先なのか?その他???ばかり。その後「糸崎行き」「和気行き」など、知らない駅ばかり。今回、そんな土地勘も養うことが出来た。
 
 いろいろ地図を確認すること数十分、広島の先、呉線の呉の先の駅と判明。判明する前に列車は動き出していたけど・・・・。その安浦行きに乗りつつ、お約束のワンカッをプ舐めつつ、途中で買った鱧竹輪が今日の昼食。柳井を越えた辺りで瀬戸内海に出る。ひねもすのたりの瀬戸内海をやっと眺めることが出来てうれしかった。
 
乗った列車は広島から呉線に入った。その車内放送で知ったのだけど、安浦から先は豪雨かなにかでバス代行輸送。広島でそのことを知ったなら、山陽本線に乗り換えたのだが遅かった。でも、これも何かのお導き。流れに身を任せて安浦から竹原まで代行バス。竹原からのJRは糸崎行き。その糸崎もどこにあるのかわからない。調べてみれば三原の次、尾道の前。こんなことなら尾道行きで運行してくれれば尾道まで行くんだけれど・・・。
 
 などと、思いつつけっきょく、三原で下車。閉まる直前の観光案内所に飛び込み、三原散策マップと近辺のビジネスホテル情報をゲット。三原ステーションホテルに泊まることにする。
 
 三原は小早川なんとかの城下町だとか。翌朝、散歩のついでに駅の裏にある三原城跡へ回ってみて驚いた。三原駅と三原城は共に融合・同化して一体化していた。(2010.9.2)

2010年9月1日水曜日

博多(1日)

【博多・中州・鉄鍋餃子】



【博多・薬院・ジェラート】



【長門・萩近辺で車窓から眺めた海】


 今回の「18切符・山陰山陽一筆書き」の折り返し地点は博多。朝、宿からブラブラ歩いて温泉津発7時10分に乗車。大田、江津、浜田、益田と高校野球でしか聞いたことがない地名を過ぎていく。やっとその位置関係が理解できた。相変わらず外は暑い。車窓から眺める海が綺麗だ。強い日差しの中、きらきら光る海を眺めつつ、冷えたビール飲みながら益田駅で購入のサザエ飯の昼食。申し訳ないほどありがたい。特に、長門、萩、近辺の海は美しい。ここらあたりは日本で一番不便なところかもしれない。
 
 博多着は15時23分。ネットで予約したコンフォートホテル・ツインのシングルユース(5000円)にチェックイン。その博多で友人と合流、博多の高級住宅地・薬院近辺を徘徊。その後、中洲・国体通りの鉄鍋餃子とビールの夕食。しかし、どこまで行っても暑い。(2010.9.1)

2010年8月31日火曜日

温泉津温泉(31日泊)

【温泉津温泉山県屋旅館・内湯】


【温泉津温泉薬師湯の三階ベランダから町並みを望む】




【温泉津温泉・薬師湯】




【温泉津温泉・地酒、個々の酒は美味しかった】


【湯治宿・長命館玄関】
残念ながら休みだった

【湯治宿・長命館・裏の建物】
使われているのだろうか?不明だ


【温泉津温泉・山県屋・夕食】
この他に揚げ物が出た

 私、地図を見るのが趣味なんです。そんな私が以前より気になっていたところが温泉津温泉。なんせ地名に「温泉」という文字が二つもある。「これはただならぬ温泉に違いなかろう」となぜか思い込んでしまったのです。「一度は行かねばならぬ」との気持ちを今回実現できてとても満足しています。
 
 JR温泉津駅に降り立てば、やっぱり暑い。駅前に温泉津温泉との表示の有るバス発見。運転手に聞いてみれば、歩けば15分程度とか。でもあまりの暑さにバスに乗ることにする。バス代140円(だったと思う)。
 
 狭い路地を抜けてバスはすぐに終点着。共同浴場の薬師湯、元湯の前。この二つの共同浴場はかなり古い。でも非常にイケテル。元湯の向かいには長命館という湯治宿。その湯治宿に重大な関心を持っていた私は玄関を覗いてみる。おばちゃん登場。そのおばちゃんに今日、宿泊したい旨を伝えるも、休みだとか。
 
 仕方がないので、とりあえず、隣の薬師湯に入ってみる。薬師湯は若いオネエチャン二人が受付。とても親切で、温泉の入り方、風呂上り屋上ベランダで町並み眺めつつ休んだら良い、などと、いろいろ教えてくれる。
 
 温泉は鉄分、塩分、その他、いろいろ入っているような、いわゆる「濃い」温泉。非常に温まる温泉だった。この猛暑の中、この「濃い」非常に温まる温泉に入ることはかなり無謀といわざるを得ない。風呂上りに三階の日影になったベランダで風に吹かれつつ、温泉津温泉の町並みを眺めるのは、かなりオツな気分だった。
 
 後から判ったんだけど、この温泉津温泉は石見銀山が世界遺産になった関係で、最近、若い人の町並み保存に向けての活動が盛んらしい。いわゆる、昨今、注目の温泉地らしい。私にとって、そんなトレンディーな気配は願い下げなれど、若いオネエチャンたちの親切な対応はありがたかった。
 
 そのオネエチャンにお今夜の宿を紹介してもらう。薬師湯の筋向いの山形屋。1泊2食付9500円。そこの風呂には薬師湯の源泉が供給されているらしい。山形屋の夕食は贅沢ではないけれど丁寧な料理でとても良かった。最近、年のせいか贅沢な食事より、丁寧な料理に心が動く。その夕食に出たカンパチと鯛の刺身が特に良かった。(2010.8.31)

2010年8月30日月曜日

鳥取温泉(30日泊明け)

【鳥取温泉・元湯温泉】



【湯温・49.7℃、湯量も豊富】

 鳥取のビジネスホテルで地元の観光パンフレットを仔細に検討していたら、ホテルの横に鳥取温泉の表記発見。しかも朝6時から営業しているとか。これは行かねばならぬ。朝5時起床。明るくなるのにあわせて市内徘徊開始。そして鳥取温泉・元湯温泉発見。入浴料300円。期待していなかったから特に感じたのかもしれなかったけど、素晴らしい温泉だった。浴槽の縁から大量にかけ流される大量かつ高温の湯が気に入った。
 
 鳥取のビジネスホテルに泊まり、地魚で一杯やり、温泉に浸かる。結果的に最強の行動パターンとなり満足満足。(2010.8.30)